■税務会計と制度会計が一致していた昭和の時代
私は、CFO として26年近くやってきて、日本はもとより、中国、アメリカでも、経理責任者でした。 それぞれの国で、それぞれの文化を反映した会計制度がありました。 一方、日本でも、私が新卒で経理を始めた頃から比べると、随分と経理処理や 財務諸表の見せ方も変わってきたと感じています。
グローバル時代を反映して、海外の投資家も増えているため、日本もだんだんとアメリカ基準に近づいてきています。アメリカ基準とは、国内の株式市場が発達しているため、投資家の目線で企業を評価できるような財務諸表にすることを重視しています。例えば、株式市場に公開する財務諸表も、以前は、半期報告書と年度の有価証券報告書でしたが、今は、四半期ごとに株式市場に情報を提出しています。これもひとえに、株主重視で投資を促進するためのものなのです。
経理実務の中で私が最も印象的に変わった感じていることは 資産の評価です。昭和の時代は、いわゆる制度会計と税務会計がほぼ一致していました。すなわち、 会計処理は、税法に則って行われており、損金として認められないものは交際費を除けば、ほとんどは経費として処理をせず、資産として計上していたものです。
これは、所有と経営が日本は欧米ほど分離しておらず、オーナー企業が多く、また、株式市場が欧米よりも発達していないため、財務諸表は企業が納税をすることが第一の目的で作成されていたからです。ですから、ある意味、どこの会社も、同じルールで会計処理をしていたということです。
■税効果会計の出現
ただ、その後、株式市場も発達し、海外からの圧力もあって、財務諸表は税務会計にとらわれず、企業の成績や資産・負債の状態を正しく反映するものとして株主に公開するようになってきたのです。ですから、以前行われていたような税務会計のやり方では、こうした制度会計との計算結果と合わなくなってくるところも出てきます。税務会計上で計算をした課税所得と財務諸表上の利益金額が一致しなくなるため、それらを調整する目的で税効果会計が導入されて現在に至っているのです。
さらに、減価償却費、棚卸資産や固定資産の評価については、税法基準にとらわれず、一般的会計原則で妥当性があれば、取締役会、株主総会の承認で会計処理をすることが一般的になりました。そこで、よく話題に上がるのが、企業買収をした時に生じる「のれん」の償却方法です。
企業買収をした価格と実際の帳簿上の企業の価値、つまり純資産に差が出るのです。 通常、将来的な成長性も見込んで、純資産よりも高い値段で企業買収をすることが普通です。
この場合、実際に買収された金額と純資産との間に差額が出てますが、それを「のれん」と称しています。それら「のれん」の金額も、数百億円といった大きな金額になる場合があります。税法基準においては、この「のれん」の償却期間は、5年ですが、 会計上は一括で償却をするのか、あるいは3年なのか、5年なのかと言うことは、会社の会計処理の方針で 決めることができます。
ですから、財務諸表を見るときに、会社の任意の会計処理が入っていることになるため、仮に、そこに何らかの意図があれば、技術的には財務諸表をその意図的な形で見せることができると言うことです。つまり、先程の数百億円もする「のれん」であれば、一括償却すると、当期利益金が相当に小さくなりますが、5年あるいはそれ以上にすると財務諸表上の利益にはそこまで影響がありません。
このように、昭和の時代と比べて、財務諸表を単純に見ただけでは、企業間で、その会計処理ルールが違っていたりするため要注意なのです。逆に言えば、昭和の時代は、のどかで、どの会社も同じルールでやっていたのである意味シンプルな世界でした。
■棚卸資産の評価
そういうわけですから、 私が若い頃に 海外の財務諸表を担当していた当時は、欧米では制度会計と税務会計とはすでに分けられていたため、 特に、棚卸資産の評価損については、その説明に苦慮したことを覚えています。
欧米の子会社からの貸借対照表の棚卸資産の明細表を見ると、製品別に在庫リストがあるのですが、それぞれの製品の在庫金額の下にマイナスで在庫評価損が記載されているのです。これは、個別の製品ごとに評価損を計上をすると言うやり方です。そもそも、製品の評価損には、在庫全体について、一律に評価減を行うもの(General reserve)と、個別の製品について行うもの(Specific reserve)とがあります。
欧米では、個別の製品についてそれぞれ評価損を計上することが一般的です。 こうした、評価損は、特定の製品に対して、それぞれその価値を評価し、例えば、長期間滞留をしていたり、マーケットに対してその価値が下がった場合に、会社で任意に評価損の引当金を設定するのです。
当時、 日本では、ほとんどの会計処理が税法基準で行われていました。税法基準では、簡単に 棚卸資産の価値を下げることはできません。例えば、廃棄する場合や、商品が陳腐化して販売不能になった場合、さらには、市場価格が著しく下がった場合等の条件があり、厳しく制限をされています。
当時は、取得原価で帳簿に記載し、こうした任意の在庫評価減と言うものはあまり存在しませんでした。ですから、海外子会社の財務諸表の分析担当者として社内に説明をするときに、その評価減の根拠やルールを説明しなければなりませんでした。私も当時は駆け出し経理マンでしたので、海外の事情もよくわからず、書店に行って本を探しましたが、適当な本は少なく、国会図書館や、大使館に行って文献を探しに行ったものです。 親会社が、取得原価主義を貫いているのに対し、子会社が勝手に評価減を行うことに対して、親会社としては、あまりいい気持ちがしなかったのだと思います。
■評価減をしても現金支出の事実は消えない
今では、こうした、会社独自で決めたルールに従って、棚卸資産を評価減したり、あるいは固定資産の再評価をするといったことは、もはや一般的になっています。ただ、私が引っ掛かっていることは、たとえ評価減したからといっても、一度支出して購入したものはそのお金の支出事実は消えないと言うことです。
たとえ、評価減されて、その帳簿上の原価が小さくなった商品でも、購入したときの現金支出の事実は変わりません。評価減した商品を、安く販売して、その時に利益が出たからといっても、それは会計上の話だけです。
例えば、100万円で買った商品が、1年経っても売れず、市場価値が低くなりそうなので、期末に価値を半分にして簿価を50万円に評価減したとします。つまり、商品の原価は100万円から50万円にしたということです。翌年に、あるお客様に向けて その商品を75万円で販売できたとします。すると、その会計期間での粗利益は25万円となります。なぜなら、評価減した50万円はすでに前期の費用となっていますから、原価が50万円で、販売価格が75万円で、差し引き25万円の粗利益になるのです。
そして、販売に成功した営業部門は、その部門の販売成果となり評価をされるのです。しかし、私が強調したい点は、1年ほど前に100万円で購入したと言う事実です。現金の支出の事実は消えません。75万円で売れたと言う事は、逆に、100万円でそもそも買ったのですから、25万円の損をして売ったと言うことなのです。こうした点について、 評価減されているから、安くて売っても構わないだろうと、社員も取り違えてしまうことが多い気がしてなりません。
昭和の時代に逆行しろ、と言うわけではありませんが、アメリカの影響で、株主に見せるための財務諸表作りが非常にテクニカルになってきています。ある意味、悪意のない善良な経営者であれば、会社の正しい健康状態をバランスシートで示すことができるのかもしれません。
反対に、悪意のある経営者が、取締役会等の決議において、会計ルールを変えてしまえば公表される財務諸表の数字は100%信頼できるものではないと言うことになります。つまり、悪意があって、ルールを変えてしまい、わざと財務諸表をよく見せようといったことも 技術的には可能であるわけです。
評価減の例は一部かもしれませんが、財務諸表の結果だけを見て、問題の本質を見失わないようにしたいものです。そもそも、商品が売れなかったのは、仕入に問題がなかったのか、販売方法に問題がなかったのか、といったことが議論されるべきです。前年度に評価減としてその損失を計上してしまっているので、今期は安い原価になります。もし、その原価を上回る金額で販売できたら、今期は利益が出ますから、もうそれでよし、と言うことではなく、たとえ前期といえども、損失を出して在庫評価減をしたという、事実の本質を見失わないようにしたいものです。